「安心」は、心配や恐怖があるから成立する

 危険予知という表現を使えば、極めて“冷静な判断”のイメージがありますが、まずは“怖い”という感情が生まれないと危険に対する緊張感や現実味が薄れるますね。

 恐れる、おびえる、という様子は決してかっこよくはないですが、この“心配”をもとに細かいところまで問題箇所をチェックし、その対策や作業手順を確認し自分で納得してはじめて“安心”して作業ができるのではないでしょうか?

 しかし、本来は自分自身が“心配”の箇所を見つけ、“安全”を確認すべきところ、様々な安全対策設備が整備されていたり、予め危険な状態にならないためのルールが決められている、あるいはパターン化されたKYで朝のミーティングが終わるなど、徐々に恐怖心を起こさせないような毎日になっていませんか?

 いつの間にか“慣れ”が出てきて、みんなも“心配”なしで安易に作業に取り掛かってしまう。そんな時に事故が発生するものです。

 職長は、常に作業員が安心して作業できるように配慮していかねばなりませんが、様々な対策・措置だけでなく、メンバーの安全への取り組みに向けてKYシートの活用や事故事例をもとに危険を認識させる努力も必要ではないでしょうか。

 「楽な状態でないと自分を発揮することができない」、と妙な自己愛をもっている仕事にのぞみ、“ 緊張して行動する”ことを避けているような人が増えているような気がするのですが、皆さんの職場ではどうでしょうか?

〔安全くん102号‐4頁〕